花眼

余市川河畔の水芭蕉


水芭蕉・菊咲一華・水仙の芽
今朝、雀の声で五時前におきましたね。雀の来る時間も早くなってきました。天気がよければ、余市川河畔の菊咲一華の群落を観にいこうと思っていました。生憎曇り空で迷いました。でも六時前になると天気予報どおり?陽も射してきたので出かけてきました。菊咲一華の咲く場所はまだ雪の下でした。水芭蕉がきれいに咲いていたので撮ったのが今日の画像です。咲き始めより花の数も多くなり、当分楽しめそうです。昨年も同じ場所水芭蕉が咲いていましたね。
「花眼」という言葉を実は昨日初めて知ったのです。毎月購入する文芸春秋の四月号でです。
全国老人福祉施設協議会主催、文芸春秋協力で募集した「60歳からの主張」の受賞作決定発表の頁でした。優秀賞を受けた高野正夫(東京都、69歳)さんの「控えめ・慎みを失った日本文化」ででした。
老人になって、本当の花の美しさが分かるという意味の「老眼」で、「近眼・老眼」の老眼ではありません。花眼の時期が来たということは、喜ぶことなのだろう。デジカメ片手に花を追いかけるのも花眼の時期に来たということの証でしょうか。眼の衰える年齢になって若い頃に無関心であった自然の風景や花などを愛でる楽しさを喜べるようになったということらしい。「花眼」、素敵な優しさにあふれる言葉を知った。ただ、眼の衰えた老眼になったのは間違いないことなのですが、本当に花の美しさが分かるようになったかは?です。
 「看花須具看花眼」南游東帰集
  花を看(み)るに須(すべ)からく看花(かんか)の眼(げん)を具(ぐ)す
 
 中国語:花眼を老花眼、老花というらしい。花に「ぼんやりしてはっきりしない」という意味があるという。「花眼」ホァイエンと発音するらしい。
 日本語:花眼はカガンと読むらしい。
 高野さんは、老眼鏡を花眼鏡と呼ぶことにしている。  


水仙も芽が膨らみ、近くの菊咲一華ももうすぐ咲くでしょう。画像はいまいちですが、芽も咲く直前の花もいいですね。


余市川河畔で撮ったオオルリとカケスの木彫りです。クマゲラカワセミの木彫りは、残念なことになくなっていた。

 道浦母都子 著 「歌日記 花眼の記」